2005年05月26日

12人目のサポーターが引き寄せたリバープールのチャンピオンズリーグ優勝

 リバプールとACミランによるUEFAチャンピオンズリーグ決勝。後半開始直後の53分、リバプールの左サイドハーフ、リーセがあげたクロスを、キャプテン、ジェラードがヘディングでミランゴールに押し込んだ。

 前半が終わった段階でのスコアは、ミランが3−0でリード。「百戦錬磨、試合巧者のミランに3点差も付けられてしまってはおしまいだ」。そんな沈鬱な雰囲気が支配していたリバプールサポーターに、希望の灯が点った瞬間だった。

 にわかに沸き立つリバプールサポーター。だが僕が得点シーンよりむしろ心動かされたのは、キャプテン、ジェラードが得点直後にとった行動だった。

 ジェラードはゴールからハーフラインに走って戻るまでの間、観客席に向かって両腕を何度も何度も力強く上に振り上げ、リバプールサポーターがもっと盛り上がることを要求したからだ。まるで「何を、静かにしてるんだ! 俺たちが逆転するには、あんた達の力が必要なんだ。もっともっと力強く応援してくれ」と、叫ぶかのように。

 今季のチャンピオンズリーグにおけるリバプールの躍進には、いくつもの要因があるだろう。スペインのバレンシア監督だったラファエル・ベニテスの監督就任。相手の長所を消す守備の巧みさ。シャビ・アロンソやルイス・ガルシア加入によるスペイン流パスサッカーの開花。だが忘れてはならないのは、ホーム、アンフィールドでのサポーターの応援だ。

 ギリシャのオリンピアコスに対して、劇的な逆転勝ちで決勝トーナメント進出を決めたグループリーグ最終節。それまでは鉄壁の守備を誇っていたイタリア、ユベントスからいとも簡単に2得点を奪って勝った準々決勝第1戦、ユベントス戦での2−1の勝利。そしてプレミアリーグ最強のチェルシーに対し、ルイス・ガルシアのゴールを守りきって決勝にコマを進めた準決勝第2戦。どれもが、ホーム、アンフィールドのサポーターの存在がなければ、結果は違ったものになっていたのではないか。

 このチェルシーとの準決勝第2戦を前に、ベニテスは「チェルシーには、世界で最も高額な選手たちと有能な指揮官がいる。しかし、われわれにも最高のサポーターたちがおり、チェルシーといえども冷静さを保てないだろう。勝負は五分五分だ」と語ったという。まさにその「最高のサポーター」たちが支えとなり、リバプールの躍進を支えてきたのだ。

 だが、この日決勝が行われたトルコ・イスタンブールにあるアタチュルク・オリンピック・スタジアムで、リバプールサポーターは沈黙を強いられた。なにしろ騒ごうと思っていた矢先に、試合開始からわずか1分で、ミランの36歳の主将、マルディーニに先制点を決められてしまったからだ。

 それからの45分、前半のリバプールはどう見てもおかしかった。右サイドバックのトラオーレはクリアやラインコントロールでミスを繰り返す。

 同点狙いで前掛かりになっているせいか、ふだんは隙間のないはずの中盤とディフェンスラインとの間に、大きなスペースがある。そのスペースをカカに自由に使われてしまい、フォワードのシェフチェンコとクレスポに、何本も決定的なパスが通る。

 PSVのパク・チソンにいいようにかき回された準決勝第2戦とは違い、ミランの各選手のコンディションは抜群で、「コンディションがよい時のミランは、こんなにも強いのか」と思わせるできだった。

 試合後にシェフチェンコが「僕のゴールはオフサイドじゃなかった」と語ったシーンも含め、オンサイドでもおかしくない判定がいくつかあり、ジャッジ次第では、もっと点差がついてもおかしくない展開。リバプールサポーターは沈黙するだけでなく、ハーフタイムには泣き出す人までいたほどだ。

 その展開をガラリと変えたのが、ジェラードの1−3となるゴールであり、その後のスタンドに向かってのパフォーマンスだった。それまでの時間、リバプールのサポーターがいないかのようだったのに、突如としてスタジアムがアンフィールドになったかのような変わりようだった。

 それからの何分間か、リバプールは怒濤の攻めを続けた。まずはシュミチェルが2分後の56分、約20メートルのロングシュートをゴール左下隅に決めた。そして60分、ペナルティーエリアにドリブルで突き進んだジェラードを、背後からガットゥーゾが倒した。

 シャビ・アロンソのペナルティーキックは、いったんはミランのGKジーダにセーブされたが、アロンソは跳ね返りを左足で決めた。わずか6分でリバプールは、絶望的と思われたゲームを振り出しに戻したのだ。

 試合後、ミランのカルロ・アンチェロッティ監督は「われわれは6分間の精神錯乱に陥ってしまった。その後は120分までプレーを続けて耐え抜いたことを考えると、あの6分間は説明がつかない。とても残念だし、悔しく思うが、これがサッカーだ」とコメントしたという。

 アンチェロッティが、そう言いたくなるのはものすごくよくわかる。ミランが突然崩れたわけではない。なのに6分間に3点を与えてしまった。もちろんその陰には、ベニテスのハーフタイムでの指示や戦術・選手変更もあっただろう。

 だがあの嵐のような6分間が起こったのは、やはりリバプールサポーターの力ではなかったか。そしてそのサポーターの力を引き寄せた、ジェラードの得点とその後のパフォーマンスが、強く印象に残る。

 120分を闘い終えた後のPK戦でも、リバプールサポーターはミランの選手にプレッシャーをかけ続けた。PK戦は運の側面が強いが、リバプールがその運をたぐり寄せることができたのは、サポーターの力が大きかった気がする。「サポーターは12人目の選手」。改めてそんな言葉を思い出した。

 試合後、表彰を終えてジェラードがビッグイヤーを掲げると、リバプールを象徴する真っ赤な紙吹雪が授賞式のステージを染め、歓喜の声がこだました。「美しい」と思った瞬間だった。

  
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2005年05月24日

「めざせ100万語!」の途中経過(DickensとFrog and Toad)

 5月9日から始めた英語のペーパーバックの多読。24日までで総語数は67,602語、読んだ冊数はちょうど50冊(2度読んだものもかなりあるので、正確な冊数は31冊)に達した。16日間で約67,000語のペースを維持すれば、約240日で100万語を達成する計算。まあ途中で熱が冷めて、ペースは落ちると思うが、まあまあのペースだろう。

 50冊というすごそうに聞こえるが、最初に読んだPenguin ReaderのEasy Starts(200 headwords)レベルだと、ページ数は16ページで、絵もたくさんあるので、10分やそこらで読めてしまう。

 だが、僕は好きな小説の原作ペーパーバックを買ってきては、何度も挫折している口なので、どんな簡単なものでもペーパーバックを読み終えたということが嬉しい。このスピード感、軽い達成感は、このメソッドの優れている点の1つだろう。

 あまり勉強という感覚がないので、どれだけ上達しているかが正確につかめないが、ちょっと変化を感じてきたのは、「英語を読んでいる」という感覚から「筋を追っている」という感覚に変わってきた点だ。

 今日、読んだのはSSS英語学習法研究会で言うレベル1、読みやすさレベル1.6のCharles DickensのA Tale of Two Cities (Guided Reader S.)(ディケンズの『二都物語』)。翻訳では文庫本2冊にもなる量を語彙数600で、総語数約6000語、ペーパーバックにして64ページにまとめている。

 ペーパーバックの多読を始めたばかりの僕にとっては、これまででは最も高いレベル、かつ長い小説だったが、一気に読み終えてしまった。最後の方は英語を読んでいるという感覚が消えていた(筋を追っていた)のは、嬉しい体験だった。

 まあディケンズの原作の面白さがあってこそ、という面もあるのだろう。ディケンズは今の時代の日本で読むと、面白さの半面、お涙ちょうだい的だったり、説教くさかったりする、粗も気になる作家だ。だが語彙数と長さに制限があるGraded Readersだとそういう末節の部分がカットされて、筋の面白さがより引き立つのかも知れない。

 そのほかでお薦めはFrog and Toadシリーズ 。これはGraded Readersではなく、子ども向けの絵本。全部で10冊のシリーズのうちまだ読んだのは3冊だけだが、どれもくすっと笑って、ほのぼのとした気持ちになる。Arnold Lobel(アーノルド・ローベル)というのは、いい作家だなあ。

 なかでも気に入ったのは、Small Pig (An I Can Read Book)(邦題は『どろんここぶた』)。

 わずか500語という少ない語彙で、こんなに暖かい話が創れるのか……と思う。読み終わると、mud(ぬかるみ)が、心地よさそうなもののように思えてくる。読み聞かせに向いている。子どもがもっと小さな時に、出会いたかった絵本だ。
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2005年05月15日

常に攻め続けたバルセロナ優勝の意味

 サッカーのスペイン1部リーグ(リーガエスパニョーラ)の第36節で、バルセロナがレバンテと引き分け、2位のレアル・マドリードも引き分けたため、6季ぶり17回目の優勝が決まった。

サッカー:バルセロナの優勝決定 スペイン1部リーグ(毎日新聞)

 WOWOWでの中継を生で見ていたけれども、ある意味で、今シーズンの中では最もバルサらしくない戦いだったかもしれない。

 2時間前にキックオフのレアルが引き分けたことを知ったバルサイレブンは、「引き分けでも優勝」ということにプレッシャーを受けたのか、キックオフ直後から明らかに動きがおかしい。マジョルカとの残留争いでモチベーションも高いレバンテに先制されてしまう。

 それでも後半に入るとモッタやシウヴィーニョの投入で攻めの姿勢を見せ、後半15分にコーナーキックからエトーのゴールで1−1に追いついた。

 いつもと全く異なったのは、それからだ。まだ残り30分近くもあるのに、バルサはDFラインでボールを回し、時間を稼ぎ出した。レバンテもバルセロナ相手に1−1の引き分けならいいと納得したのだろう、積極的にはボールを取りに行かない。かくして後半の後半は全く試合の体をなしていないという珍しい展開になった。

 とはいえ、そのなりふり構わない「時間稼ぎ」からは、バルセロナの選手、関係者の優勝への渇望感を強く感じた。6季ぶりとはいえ、前の優勝を知っているのは、当時控えだったシャビやプジョルくらいだろう。W杯で優勝したロナウジーニョや昨季のチャンピオンズリーグで優勝したデコなどを除けば、監督のライカールトをはじめ、ほとんどの選手がまだ「何も成し遂げていない」者ばかりだ。

 優勝できなかったこの5季。常に優勝争いに顔を出していればまだよいが、シーズン途中から復活した昨季を除けば、低迷期だった。常にライバルであるレアルに差を付けられ、バレンシアやデポルティボにも後塵を拝した。チームの編成方針もころころ変わって、グアルディオラのような生え抜き選手も、そして一時はチームの中心だったオランダ人たちのほとんどもチームを去っていった。

 そんな苦しい時間を過ごしてきた後だからこそ、チームにもサポーターにも歓喜があふれていた。優勝決定後の、選手とサポーターの喜びようは、こちらまで強く伝わってきた。

 しかし今季のバルセロナの優勝に意味があるのは、6季ぶりだからというだけではない。優勝決定のこの日のゲームを除けば、リーガでも、チャンピオンズリーグでも、徹底した攻めの姿勢を堅持したからだ。単に個人が攻める意識を持つだけでなく、ロナウジーニョを筆頭とした個人技と、素早く、組織的な動きから生まれるプレッシングとパスワーク、攻めが、高度に融合していた。

 もちろんすべての試合で、それがうまくいったわけではない。チャンピオンズリーグ決勝トーナメント1回戦で戦ったチェルシーは、両サイドバックが攻め上がった後のスペースという、このチームの最大のウィークポイントを的確につき、バルサから大量点を奪った。直後のクラシコでレアルがバルサに勝ったのも、チェルシーの戦い方を参考にしたのだろう。

 ただ大事なのは、それでも彼らが攻め続ける姿勢を失わなかったことだ。フットボールは、少なくとも一方のチームが果敢に攻めてこそ、名勝負が生まれる。チャンピオンズリーグの準決勝のセカンドレグ、PSVアイントホーフェン対ACミランのゲームがあれほどの名勝負になったのは、PSVが攻め続けたからだ。

 だがPSVがすべてのゲームで、ああした戦い方をしてきたわけではない。セカンドレグでの戦いは、ファーストレグで、0−2というスコアで負けたからこそ、採った戦い方とも言える。

 バルサがすごいのは、シーズンを通して、攻め続ける姿勢を貫いたことだ。バルサが消えてからのチャンピオンズリーグが、高度で面白いゲームでありながらも、最後のところで華がないように思ってしまうのは、バルサのように常に攻め続ける姿勢を持ったチームがないからだろう。

 バルサのようなチームの優勝は、世界のサッカーを面白くする。来季こそ、チャンピオンズリーグでも結果も、残してもらいたいものだ。
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2005年05月12日

「日勤教育」原因説のあやしさ

 私見だが、今回の尼崎JR脱線事故の背景には3つの対立、ないしはライバル関係が背景にあるのではないか、と考えていた。

 1つめは言わずと知れたJR西日本と関西私鉄、特に大阪(梅田)・宝塚、大阪(梅田)・三宮の間で並走する阪急との関係。2つめは国鉄民営化後のライバルであるJR東日本との関係。そして最後の3つめはJR西日本の経営側と労働組合との関係だ。

 事故が起こったのは4月25日。その直後は、マスコミも「オーバーランなどで何回も訓告歴があり、伊丹駅で大幅なオーバーランをした高見隆二運転士自体に、最大の問題がある」という見方だったように思う。ところが2日後の27日からJR西日本の現役運転士がテレビ出演して「日勤教育」を告発すると、マスコミは運転士個人よりも「日勤教育こそ諸悪の根源」という見方に傾いていった。

JR総連 外国特派員に「運行管理が原因」
 全日本鉄道労働組合総連合会(JR総連)とJR西日本労組(JR西労)が28日、東京・有楽町の日本外国特派員協会で会見し、JR西日本の経営姿勢や運行管理などが事故の原因と訴えた。世界有数の安全性を誇る日本の鉄道で起きた大惨事とあって、欧米やアジアからの特派員ら約20人が熱心に耳を傾けた。

 会見では尼崎地区での運転士経験者が、オーバーランなどのミスを犯した運転士に課される懲罰的な「日勤教育」の実態を説明。1カ月以上にわたり、監視下でのリポート作成や草むしりを続けた経験談を披露し「日勤教育の経験を持つ事故列車の運転士が、恐怖心から正常な判断力を奪われたことが、速度超過でのカーブ進入につながった」などと主張した。(後略)
(毎日新聞 2005年4月28日 20時00分)

 この報道の流れに、僕はなんとなく違和感を持った。確かに「日勤教育」は背景の要因の1つかもしれないが、事故の原因がはっきりしない現段階で、日勤教育と事故とを直接結びつけるのには無理があるのではないか。むしろ、この時とばかりに日勤教育の問題点を告発する組合所属の運転士たちに、何らかの意図があるのでは、という疑問を感じた。

 おそらく、この動きの背景にはJR西日本の経営側と組合側に対立があり、それが事故を機に表面化しているのではないか。しかし組合問題が常に話題になるJR東日本と比べると、JR西日本の組合については、あまり話題になったことがない。どういう関係になっているのか――。

 それが、つい最近まで感じていたことだ。しかし今週発売の週刊文春(5/19号)と週刊新潮(同)を読んで、ある程度、疑問が氷解した。

 両誌によると、脱線事故でまっさきに会社批判をしたのは、少数組合のJR西日本労働組合(JR西労)で、もともとから徹底した経営側との対立路線を歩んでいる。しかしJR西日本で最大労組なのは西日本旅客鉄道労働組合(JR西労組)で、こちらは労使協調路線を採ってきた。

 そしてJR西労の上部団体はJR東日本の最大労組、東日本旅客鉄道労働組合(JR東労組)が7割近くを占める全日本鉄道労働組合総連合会(JR総連)なのだという。一方のJR西日本労組の上部団体は、連合系の日本鉄道労働組合連合会(JR連合)だ。

 そう、「日勤教育」を糾弾したJR西労は、革マル派ともつながりがあるとされるJR東労組、JR総連系の組合だったのだ。

 実際に日勤教育が事故の要因になったかのかは、本当のところはわからない。週刊文春が指摘するように、JR西労=JR総連は事件を機に、世論を味方に付け、JR西日本の労政転換と、組織拡大を図る狙いがあるのだろう。

 ちなみに高見運転士はJR西労組の所属、松下正俊車掌はJR西労の所属だ。高見運転士の運転の背景に「日勤教育」があると考えるなら、本来、所属するJR西労組=JR連合こそ「日勤教育」を糾弾しているはずだ。だがJR連合のホームページにある事故についての記事の中には、そういったことは一切書かれていない。

JR連合のホームページの「お詫び」

 JR西労が、週刊文春に対して松下車掌の単独インタビューを掲載しないように求めたり、松下車掌の妻の取材をさせないようにしているのも、松下車掌やJR西労側に不利な証言が出ることを嫌っているからであろう。

 以下の記事のように、松下車掌が直後に妻に電話していたとすれば、松下車掌やJR西労にとって、極めて不利になる。

車掌 事故直後に妻に電話

 事故を起こした快速電車に乗務していた松下正俊車掌(42)が事故直後、携帯電話を通じて、悲しげな声で妻(38)に伝えていたことが29日分かった。妻によると、「おれの電車が脱線してもうたんや」と語り始めたという。そして「ケガは?」「腰を打った程度や」「いつごろ帰れるの?」「もう1本、桜島線に乗らなあかんから」。それだけのやりとりで電話は切れた。

 それ以後、夫は帰宅していない。警察の事情聴取もあり、携帯電話のやりとりも2回ほど。「警察の言うことをきちんと聞いて。ちゃんとしいや」と励ますと、涙声で「うん」。伊丹駅でのオーバーランを口裏合わせしたことについて「何でそんなことしたん」と疑問をぶつけると、「厳しいやん。高見君が処分を受けてしまう」とかばっていたという。(後略)
(スポーツニッポン 2005年04月30日付)

 こうして見ていくと、今回の尼崎JR脱線事故。関係者の発言には、さまざまな「色」や「意図」がついていることがわかる。そうした「色」や「意図」を理解せずに、表面的な発言だけで事実を再構成すると、間違いを犯す危険性がある。

 そうか、この事故の背景を理解するには、4つめの「組合対組合(JR総連対JR連合)」という対立関係も、頭に入れなければならないのかもしれない。やはりJRは伏魔殿だ。

・追記(5/15)

 以下のリンクを見ると、複雑な国鉄・JRの組合の歴史がよくわかる。

国鉄労働組合変遷略図
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2005年05月11日

めざせ100万語!

 先週末に『めざせ100万語!CDパック』(ピアソン・エデュケーション) というのを買って、英語のペーパーバックの多読を始めた。

 これはSSS英語学習法(Start with Simple Stories) といい、中学1年修了程度の基本的な語彙を知っている人が、語彙を限った学習用のペーパーバックや児童書などから多読を行えば、「誰でも半年〜2年の短期間でペーパーバックを辞書無しで楽しめるようになる」というものだ。

 このパックは英語学習用のGraded Readersとして有名なPengin Readersの最低レベル(語彙数は200語で、総語数は1000語程度)の本、5冊と、その朗読を収録したCDをセットにしたものだ。初めて3日目で、5冊を2回ずつ読み終えたので、これまで読んだ総語数は1万語。ちょど目標の100分の1を達成したわけだ。

 3日目だから、まだもちろん「英語が上達した」という感覚はないが、非常に簡単なものでもペーパーバックを読み終えた!という感覚は、なんとなくうきうきするものだ。

 この学習法の原則は(1)辞書は引かない(2)わからないところは飛ばす(3)つまらないと思った本は途中で読むのをやめる――というものなので、「勉強」という感じがしないのもいい。

 これで本当に「100〜300時間という短期間で、シドニー・シェルダン程度のペーパーバックが辞書なしで読めるようになる」のか。結果(あるいは挫折)報告に乞うご期待!

・SSS英語学習法研究会

 
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2005年05月10日

ちょっとおかしくないか、尼崎JR脱線事故報道

 連日の尼崎JR脱線事故報道を見ていて、日に日に疑問が強くなっている。この事故で一番の責任はJR西日本にあるのは確かだろう。だが、マスコミ各社、特にテレビのJR西日本の責め方は、少し行き過ぎではないのか。

 果たしてボウリング大会やその後の宴会のことが、テレビニュースのトップであったり、新聞の一面トップに値するものなのだろうか。

 JR西日本の対応のまずさが火に油を注いでいる面はあるのだろうが、現状は「いじめ」に近い状態になっていまいか。

 そんなことを思っている時に、この記事を読んだ。少し長いが、いずれリンクは切れてしまうので引用する。

【社会部発】「罵倒だけ…恥ずかしい」「客観報道」へ自戒 荒れるJR西会見場/取材陣にも厳しい目

 「遺族の前で泣いたようなふりをして、心の中でべろ出しとるんやろ」

 「あんたらみんなクビや」

 四日深夜、ボウリング大会が発覚した後のJR西日本幹部の会見。激しい言葉を次々と投げかけられ、この幹部はぐっと唇をかみ締め、目を伏せたまま微動だにしない状態が続いた。

 発言したのは、犠牲者の遺族ら事故に巻き込まれた関係者ではない。会見に出席した一部の記者がぶつけたものだ。

 こうした荒れた会見の様子をニュースやワイドショーで放送したテレビ局には、視聴者から「遺族の代表にでもなったつもりなのか」などとマスコミ批判も寄せられた。

(中略)

 ただ、会見の場で質問する記者の多くは社名を名乗ることもなく、時に怒声をあげてJR西側の回答をさえぎることも。このため、マスコミ側に寄せられた苦情には「罵倒(ばとう)だけの会見は恥ずかしい限り」「記者の会社名と名前を出すべきだ」といった意見も多かった。

 ジャーナリストの鳥越俊太郎さんは「感情的な言葉はあまりに聞き苦しい。自分もミスを犯すかもしれないということを忘れ、恫喝(どうかつ)的な姿勢になっている」。

(中略)

 放送批評懇談会の志賀信夫理事長は「一番大切なのはなぜ事故が起きたのかという点だが、現状ではJR西日本のダメぶりをボウリング大会などの不祥事から誇張して騒ぎ立てている印象だ。事故原因や、職員と車掌は何をすべきだったのかなど、事の本質を客観的に報じることが求められている」と話す。

 遺族や被害者の立場に立った報道は重要だ。しかし、客観性や冷静さを欠いた報道は、今回の事故の本質を見失わせる。そのことを肝に銘じながら、真実を追いかけていきたい。(JR脱線事故取材班)
(産経新聞2005年5月7日)

 こう考える記者が取材現場にはいることを知って、少しホッとした。
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2005年05月09日

佐藤優の精神的強さの源は何か(とてつもなく面白い『国家の罠』4)

 佐藤優著『国家の罠』を読んでいて、たびたび感じたのは、筆者の精神的な強さである。

 佐藤が鈴木宗男疑惑に絡んで、東京地検特捜部に背任と偽計業務妨害の容疑で逮捕されたのは2002年5月14日。それから2003年10月8日に保釈されるまで、東京拘置所での勾留期間は512日間にも及んだ。

 公務員や大会社の役員など普段犯罪と縁遠い人は、拘置所の独房などに入れられた途端、「なんでこんなことになってしまったんだ」と当惑してしまう。検察側の望むような供述をしてでも、とにかく早くケリをつけ、外に出たいと思うようになるという。事実、この事件で逮捕された佐藤以外の外務省役人や三井物産社員は早々と容疑を認め、第1回公判前や直後に保釈されている。

 一方、佐藤は東京地検の西村尚芳検事と徹底的に議論していく。単に黙秘したり、全面否定するのではなく、自らの仕事の内容については説明しても、供述面では肝心なところで、検察側と折り合おうとはしないのだ。

 国策捜査を巡る西村検事との議論では、むしろそのやりとりを楽しんでいるかのようにも見える。それだけではない。2002年6月4日に背任罪で起訴された時には、自ら望んで勾留延長をも申し出ているのだ。

 こんな佐藤に対して、西村はこうぼやいて見せる。

「あなたは不思議な人だ。罪を他人になすりつけようという姿勢もない。外務省に職場復帰しようとしているわけでもない。僕に対しても好意をもってくれているようだ。しかし、供述については歩み寄ろうとしない。何でなんだ。前島は佐藤に言われていやいやいやったとあんたに全部押しつけているよ。あなたも席取りで少しいい場所を取るように考えた方がいい」

 私は感情を表に出さずに答える。

「いい席は前島にあげてくれ」(234〜235ページ)

 この強さは、どこから来るのだろう。強さの源は何なのだろう。1つには、佐藤が「歴史に対する責任」を感じているからだろう。彼はこう書いている。

 しかし、私は別の選択をした。歴史に正確な記録を残しておきたい。そうすれば、二〇三〇年には、私たちとゴロデツキー教授の関係、テレアビブ国際学会にカンする外交文書も、北方四島へのディーゼル発電機供与事業に関する外交文書も原則的に公開される。そのとき検察のストーリーと私の供述のどちらかが正しいかが明らかになる。諦めてはならない。歴史に対する責任を果たすんだ、と意気込んでいた。(358〜359ページ)

 しかし、「歴史に対する責任」感だけで、人はこれだけの強さを持ちうるだろうか。そこで思い当たるのは、佐藤がクリスチャンであるという点だ。

 佐藤は逮捕されるとすぐに弁護士に対して、「日本聖書協会が発行している共同訳聖書の旧約続編・引照付き聖書」を差し入れるよう、頼んでいる。拘置所の中ではその聖書をいつも手許に置き、毎日、預言書に目を通したのだという。

 ヨブ、エゼキエルなどイスラエルの預言者が時空を超え、独房に現れ、私の目の前で話しているような印象を持った。(394ページ)

 本書の中には明示的には書かれていないが、佐藤はどこかで「神の目」を感じていたのではないか。検察から課せられた容疑があろうと、外務省幹部が佐藤らの仕事を否定しようと、すべてを見続ける神。その存在を彼が感じていたからこそ、彼の強さはあるのではないか。そんな印象を受けるのだ。
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2005年05月03日

突然の国策捜査の終了(とてつもなく面白い『国家の罠』3)

 佐藤優著『国家の罠』の後半部分に、気になる部分がある。

 2002年5月14日に東京地検に逮捕された佐藤は、東京地検の西村尚芳検事による取り調べがかなり進んだある日、こんなことを言われたという。

「この話を事件化すると相当上まで触らなくてはならなくなるので、うち(検察)の上が躊躇しはじめた。昨日、上の人間に呼ばれ、『西村、この話はどこかで森喜朗(前総理)に触らなくてはならないな』と言われた」

「西村さん、それは当然だよ、鈴木さんにしたって僕だって、森総理に言われてセルゲイ・イワノフとの会談を準備したんだから」(344P)

 そして逮捕から3カ月後の8月26日、捜査は突然終幕を迎える。佐藤は西村とこんなやりとりをする。

「唐突な終わりだね。いったい何があったの」

 西村氏は、捜査が終了した経緯について率直に説明した。この内容について、私は読者に説明することはまだ差し控えなくてはならない。しかし、ひとことだけ言っておきたいのは、西村氏の説明が踏み込んだ内容で説得力に富むことだった。私は西村氏に答えて言った。

「そうすると今回の国策捜査をヤレと指令したところと撃ち方ヤメを指令したところは一緒なのだろうか」

「わからない。ただし、アクセルとブレーキは案外近くにあるような感じがする。今回の国策捜査は異常な熱気で始まったが、その終わり方も尋常じゃなかった。ものすごい力が働いた。初めの力と終わりの力は君が言うように一緒のところにあるかもしれない」

「西村さん、僕にもそんな感じがする。体制内の政治事件だからね。徹底的に追求すると日本の国家システム自体が壊れてしまう」(345〜346P)

 普通に推理すれば、これは小泉純一郎首相本人かその周辺がアクセルを踏み、森喜朗前首相に累が及ぶのを恐れ、小泉本人かその周辺がブレーキも踏んだということなのだろう。

 検察に対して「正義の味方」といった幻想は抱いていなかったつもりだが、こういうやりとりから垣間見える検察=国家権力のあり方に、僕はやはり恐ろしさをおぼえる。
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2005年05月02日

どうして国策捜査は行われたか(とてつもなく面白い『国家の罠』2)

 佐藤優の『国家の罠』についてはいくつもの論点で語ることができると思うが、最も重要なのは、鈴木宗男事件は「国策捜査」だったという点だ。東京地検の西村尚芳検事は逮捕から3日後の2002年5月16日に、佐藤に対して

「そこまでわかっているんじゃないか。君は。だってこれは『国策捜査』なんだから」

 と、初めて「国策捜査」という言葉を使っている(218P)。また西村は佐藤に対して、こうも言っている。

「これは国策捜査なんだから。あなたが捕まった理由は簡単。あなたと鈴木宗男をつなげる事件を作るため。国策捜査は『時代のけじめ』をつけるために必要なんです。時代を転換するために、何か象徴的な事件を作りだして、それを断罪するのです」。(287P)

 それではどんな「時代のけじめ」、どんな「時代の転換」が必要だったのだろうか。佐藤は西村との取り調べを通して自分の考えをぶつけ、以下のような考えを持つようになる。

 問題はその先だ。なぜ、他の政治家ではなく鈴木宗男氏がターゲットにされたかだ。それがわかれば時代がどのように転換しつつあるかもわかる。(中略)

 その結果、現在の日本では、内政におけるケインズ型公平分配路線からハイエク型傾斜配分路線への転換、外交における地政学的国際協調主義から拝外主義的ナショナリズムへの転換という二つの線で「時代のけじめ」をつける必要があり、その線が交錯するところに鈴木宗男氏がいるので、どうも国策捜査の対象になったのではないかという構図が見えてきた。

 小泉政権の成立後、日本の国家政策は内政、外交の両面で大きく変化した。森政権と小泉政権は、人脈的には清和会(旧福田派)という共通の母胎から生まれてはいるが、基本政策には大きな断絶がある。内政上の変化は、競争原理を強化し、日本経済を活性化し、国力を強化することである。外交上の変化は、日本人の国家意識、民族意識の強化である。

 この二つの変化は、小手先の手直しにとどまらず、日本国家体制の根幹に影響を与えるまさに構造的変革という性格を帯びている。(中略)

 鈴木宗男氏は、ひとことで言えば、「政治権力をカネに替える腐敗政治家」として断罪された。

 これは、ケインズ型の公平配分の論理からハイエク型の傾斜配分の論理への転換を実現する上で極めて好都合な「物語」なのである。鈴木氏の機能は、構造的に経済的に弱い地域の声を汲み上げ、それを政治に反映させ、公平配分を担保することだった。

 ポピュリズムを権力基盤とする小泉政権としても、「地方を大切にすると経済が弱体化する」とか「公平配分をやめて金持ちを優遇する傾斜配分に転換するのが国益だ」とは公言できない。しかし、鈴木宗男型の「腐敗・汚職政治と断絶する」というスローガンならば国民全体の拍手喝采を受け、腐敗・汚職を根絶した結果として、ハイエク型新自由主義、露骨な形での傾斜配分への路線転換ができる。結果からみると鈴木疑惑はそのような機能を果たしたといえよう。(292〜294P)
 小泉首相や官邸の人間が、佐藤優や鈴木宗男の逮捕時に、以下のような明確な「時代のけじめ」を意識していたかは、僕にはわからない。おそらく佐藤がここで解説したほどには、明確な意識はなかったに違いない。

 だが結果として、鈴木宗男事件の前後から、というより小泉政権の誕生後、日本が「内政におけるケインズ型公平分配路線からハイエク型傾斜配分路線への転換、外交における地政学的国際協調主義から拝外主義的ナショナリズムへの転換」の舵を切ったことは確かだ。

 その後の小泉政権の三位一体改革による地方の切り捨て、イラクへの自衛隊派兵、最近のロシア、中国、韓国、北朝鮮との関係悪化などを考えると、佐藤の分析は的を射ていると思う。また、彼の分析は僕自身の実感とも重なっている。

 その当時はわからなくても、しばらくたって時代を振り返った時に、「あの時がターニングポイントだったのかもしれない」と思う瞬間がある。2001年4月の小泉政権誕生、そして2001〜2002年のムネオバッシング、鈴木宗男事件はそのターニングポイントを象徴する事件だったのかも知れない。
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2005年05月01日

とてつもなく面白い『国家の罠』(佐藤優著、新潮社)

 梅田望夫氏のブログでの書評に触発されて、佐藤優の『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)を、しばらく前に読み終えた。

 佐藤優は外務省の元主任分析官。1991年のソ連消滅、エリツィン大統領の台頭から、その後の混乱の時代を経て、プーチン氏への政権委譲へと続く90年代激動のロシアを縦横無尽に駆け回り、類いまれな専門知識と豊富な人脈形成力を駆使して、膨大な情報を日本政府にもたらした外交官だ。だが鈴木宗男疑惑に絡んで2002年、東京地検特捜部に背任と偽計業務妨害の容疑で逮捕された。

 その佐藤が「鈴木宗男事件」と、東京地検によるその捜査の実態を明らかにしたのが本書だ。感想を一言で言えば「とてつもなく面白い」。これから何回かに分けて、この本について書いてみたい。

 その前に『国家の罠』について触れた書評などをいくつか。

・ムネオ日記(鈴木宗男、2005年3月29日)
(前略)
 佐藤優さんの「国家の罠」(新潮社)が大きな反響を呼んでいる。先週の週刊新潮の「真紀子ヒトラーと宗男スターリンの死闘」は本の一部を紹介しているもので興味をそそる。今週の週刊現代では「私と鈴木宗男を陷れた面々」と佐藤さんの告白インタビューは魚住昭先生とのやりとりだけにとっても迫力がある。今日発売の週刊朝日、「私が国家の罠に落ちた理由の中で事件は時代のけじめをつけるための国策捜査だったと主張する」佐藤さんの明確な信念や想いが伝わってくる。

 多くの人が「国家の罠」週刊誌での佐藤さんの発言を読んで何が真実かそれなりに答えが出ることだろう。私も検察官から「権力を背景にやっていますので国策捜査と言われればその通りです」と言われたことを思い出しながら意図的に恣意的に事件は作られ狙われたらどうしようもない現実を経験したものとして佐藤さんの気持ちが痛いほど判る。私も佐藤さんも一に国益、二に国益、三、四無くて五に国益をふまえ、日露関係の発展、領土問題の解決に努力したことを誇りに思いながら過ぎし日々を振り返るものである。

・外交大転換の裏面描く(2005年4月17日 読売新聞書評 米原万里)

・国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて [著]佐藤優(2005年4月17日 朝日新聞書評 青木昌彦)

・「異能の外交官」の内幕手記(2005年4月10日 産経新聞書評)


追記(5/15)

 続編があるので、こちらも読んでくださいね。

どうして国策捜査は行われたか(とてつもなく面白い『国家の罠』2)

突然の国策捜査の終了(とてつもなく面白い『国家の罠』3)

佐藤優の精神的強さの源は何か(とてつもなく面白い『国家の罠』4)


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