2005年01月28日

森の時計はゆっくり時を刻む

 「森の時計やゆっくり時を刻む」というのは、フジテレビ系列で年明けから始まったドラマ『優しい時間』のキャッチコピーだ。昨晩放送の第3話「初雪」は、まさしく「ゆっくり時を刻む」展開。大きな事件が起こるわけではないが、1つ1つの現在と過去の小さなエピソードを積み重ねていくことで、登場人物たちの心情が視聴者にじんわりと伝わってくる。

 富良野と美瑛が舞台の倉本聰脚本のドラマといったら、どうしても『北の国から』を思い出す。実際、今回の『優しい時間』も美しくも厳しい北海道という舞台、「父と子」という主題、脇役的登場人物(電気店を経営するという布施博のキャラは、ほとんど『北の国から』のままでは!)という共通点はあるものの、『北の国から』とはテイストの違った物語になっている。

 主人公、涌井勇吉役の寺尾聰、いい味出してますな〜。自分のことをほとんど語りたがらない、ある意味では不器用な勇吉役にぴったり。梓役の長澤まさみはうまい。拓郎役の二宮和也は「いまの時代の男の子」という感じがして、その役柄にリアリティーを感じられる。

 『北の国から』は最も好きなドラマの1つだが、後半の何本かでは、文明に対する批判というか呪詛の要素(例えば携帯電話などに対して)が強すぎて「倉本聰、ちょっと古いんじゃないの?」と考えてしまうこともあった。だが今回のドラマでは、そういう「くささ」もほとんど感じない。

 オフィシャルサイトのキャスト&スタッフページを見ると、倉本聰は原作・脚本となっていて、そのほかに吉田紀子、田子明弘、小林彰夫という3人が共同脚本という形になっている。おそらく倉本聰の富良野塾での弟子筋にあたる人たちだと思うが、『北の国から』に比べ若者の描き方が自然だと思うのは、彼らが入っているからだろうか。

 あと特筆すべきは音楽の良さ。エンディングで平原綾香の「明日」が挿入されるシーンは、常にジーンと来てしまう。倉本聰は平山がこの曲をテレビ番組で歌うのを偶然耳にし、ドラマの主題歌は「明日」しかないと即座に決定したというのも、肯ける。

 これからも楽しみだ。
posted by KH at 02:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画・ドラマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月23日

お馬鹿で楽しい『パイレーツ・オブ・カリビアン』

 ゴア・ヴァービンスキー監督の『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』。「そういえば公開時は結構ヒットしてたよな」というぐらいの事前情報しか持たずに見てみたのだが、意外なほどお馬鹿で楽しい映画だった。

 元になっているのはディズニーのアトラクションの「カリブの海賊」。単なる子供向け映画にならずにすんだのは、主人公のジャック・スパロウ船長役のジョニー・デップの存在感ゆえか。彼ののらりくらりとした一匹狼ぶりが、最初から結末が見えている物語を面白くしている。

 えーっと思ったのは敵役のキャプテン・バルボッサとの戦いで、スパロウ船長が刺された瞬間。「やられた」と思った瞬間に、無事であるスパロウ船長を見て、スパロウがのろわれた金貨を1枚だけくすねたことが、このシーンで伏線として生きてくることに気がついた。「その手があったか!」と膝を打ってしまった。

 まあ、物語のカギを握る「金貨ののろい」については、いろいろ文句もあるみたい。確かにつじつまの合わない部分はある。おそらく、それが続編につながっていくカギにもなるのだろう。
posted by KH at 19:48| Comment(0) | TrackBack(2) | 映画・ドラマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月19日

映画『ドリームキャッチャー』

 映画『ドリームキャッチャー』を見た。前半は名作『スタンド・バイ・ミー』を彷彿させる展開で、期待が高まったが、エイリアンが登場するあたりで、「あれれ!?」となってしまった。原作を読んでいないせいもあって、最後まで筋が読めず、そういう意味では面白かったが、感動はしなかった。

 スティーヴン・キングの作品の多くは、道具立てはB級ホラーだ。だが、描かれる登場人物たちは、僕らとしっかりとつながっている。仕事がうまくいかなかったり、家族を失ったりする、酒がやめられなかったりする悲しみや恐怖や痛み。そうした普通の人々をきっちりと描き込んでいるが故に、道具立てはB級ホラーであっても、読者はその物語にしっかりと入り込むことができる。

 かつて『ペット・セマタリー』(文春文庫)を読んだ時、僕は父親になったばかりだったがために、他人事とは思えない痛みと恐怖とを感じた。

 ところが少し後で見たこの作品を原作にした同名の映画は、まさしくB級ホラーで、うまく感情移入できなかった。キングが文章で描いている道具を映像化すると、どうしてもグロテスクになりすぎて、少なくとも僕にとっては興ざめなのだ。

 この作品も、映画版『ペット・セマタリー』を見た時に考えたことと全く同じことを感じた。エイリアンが画面に現れた段階で、笑っちゃうんですよね。前半で描かれたエピソードが、後半の伏線にほとんどなっていない。もっと違った映像化の道があったのでは、と考えてしまう。道具としてのB級ホラーが大好きな人にとってはよいのかもしれないけれども。

『スタンド・バイ・ミー』や『ショーシャンクの空に』といったキング原作の映画で、僕が高く評価する作品は、もともとホラーの要素が小さいか、ほとんどないものだ。B級ホラー満載の文章を映像化することは、とても難しいことのように思える。

 もっともキングの作品自体も最近は変化しているのかも知れない。翻訳されるたびにすぐに買い求めていたキングの作品をあまり手に取らなくなってしまったのは、なんとなく内容の薄さを感じたり、既視感を持つようになってきたからだ。

『ドリームキャッチャー』の原作文庫本も手元にあるけれど、読むかどうか迷うところだ。なにしろ4冊もあるので、他にもっと読みたい本があると考えてしまう。

posted by KH at 00:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画・ドラマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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