2005年05月26日

12人目のサポーターが引き寄せたリバープールのチャンピオンズリーグ優勝

 リバプールとACミランによるUEFAチャンピオンズリーグ決勝。後半開始直後の53分、リバプールの左サイドハーフ、リーセがあげたクロスを、キャプテン、ジェラードがヘディングでミランゴールに押し込んだ。

 前半が終わった段階でのスコアは、ミランが3−0でリード。「百戦錬磨、試合巧者のミランに3点差も付けられてしまってはおしまいだ」。そんな沈鬱な雰囲気が支配していたリバプールサポーターに、希望の灯が点った瞬間だった。

 にわかに沸き立つリバプールサポーター。だが僕が得点シーンよりむしろ心動かされたのは、キャプテン、ジェラードが得点直後にとった行動だった。

 ジェラードはゴールからハーフラインに走って戻るまでの間、観客席に向かって両腕を何度も何度も力強く上に振り上げ、リバプールサポーターがもっと盛り上がることを要求したからだ。まるで「何を、静かにしてるんだ! 俺たちが逆転するには、あんた達の力が必要なんだ。もっともっと力強く応援してくれ」と、叫ぶかのように。

 今季のチャンピオンズリーグにおけるリバプールの躍進には、いくつもの要因があるだろう。スペインのバレンシア監督だったラファエル・ベニテスの監督就任。相手の長所を消す守備の巧みさ。シャビ・アロンソやルイス・ガルシア加入によるスペイン流パスサッカーの開花。だが忘れてはならないのは、ホーム、アンフィールドでのサポーターの応援だ。

 ギリシャのオリンピアコスに対して、劇的な逆転勝ちで決勝トーナメント進出を決めたグループリーグ最終節。それまでは鉄壁の守備を誇っていたイタリア、ユベントスからいとも簡単に2得点を奪って勝った準々決勝第1戦、ユベントス戦での2−1の勝利。そしてプレミアリーグ最強のチェルシーに対し、ルイス・ガルシアのゴールを守りきって決勝にコマを進めた準決勝第2戦。どれもが、ホーム、アンフィールドのサポーターの存在がなければ、結果は違ったものになっていたのではないか。

 このチェルシーとの準決勝第2戦を前に、ベニテスは「チェルシーには、世界で最も高額な選手たちと有能な指揮官がいる。しかし、われわれにも最高のサポーターたちがおり、チェルシーといえども冷静さを保てないだろう。勝負は五分五分だ」と語ったという。まさにその「最高のサポーター」たちが支えとなり、リバプールの躍進を支えてきたのだ。

 だが、この日決勝が行われたトルコ・イスタンブールにあるアタチュルク・オリンピック・スタジアムで、リバプールサポーターは沈黙を強いられた。なにしろ騒ごうと思っていた矢先に、試合開始からわずか1分で、ミランの36歳の主将、マルディーニに先制点を決められてしまったからだ。

 それからの45分、前半のリバプールはどう見てもおかしかった。右サイドバックのトラオーレはクリアやラインコントロールでミスを繰り返す。

 同点狙いで前掛かりになっているせいか、ふだんは隙間のないはずの中盤とディフェンスラインとの間に、大きなスペースがある。そのスペースをカカに自由に使われてしまい、フォワードのシェフチェンコとクレスポに、何本も決定的なパスが通る。

 PSVのパク・チソンにいいようにかき回された準決勝第2戦とは違い、ミランの各選手のコンディションは抜群で、「コンディションがよい時のミランは、こんなにも強いのか」と思わせるできだった。

 試合後にシェフチェンコが「僕のゴールはオフサイドじゃなかった」と語ったシーンも含め、オンサイドでもおかしくない判定がいくつかあり、ジャッジ次第では、もっと点差がついてもおかしくない展開。リバプールサポーターは沈黙するだけでなく、ハーフタイムには泣き出す人までいたほどだ。

 その展開をガラリと変えたのが、ジェラードの1−3となるゴールであり、その後のスタンドに向かってのパフォーマンスだった。それまでの時間、リバプールのサポーターがいないかのようだったのに、突如としてスタジアムがアンフィールドになったかのような変わりようだった。

 それからの何分間か、リバプールは怒濤の攻めを続けた。まずはシュミチェルが2分後の56分、約20メートルのロングシュートをゴール左下隅に決めた。そして60分、ペナルティーエリアにドリブルで突き進んだジェラードを、背後からガットゥーゾが倒した。

 シャビ・アロンソのペナルティーキックは、いったんはミランのGKジーダにセーブされたが、アロンソは跳ね返りを左足で決めた。わずか6分でリバプールは、絶望的と思われたゲームを振り出しに戻したのだ。

 試合後、ミランのカルロ・アンチェロッティ監督は「われわれは6分間の精神錯乱に陥ってしまった。その後は120分までプレーを続けて耐え抜いたことを考えると、あの6分間は説明がつかない。とても残念だし、悔しく思うが、これがサッカーだ」とコメントしたという。

 アンチェロッティが、そう言いたくなるのはものすごくよくわかる。ミランが突然崩れたわけではない。なのに6分間に3点を与えてしまった。もちろんその陰には、ベニテスのハーフタイムでの指示や戦術・選手変更もあっただろう。

 だがあの嵐のような6分間が起こったのは、やはりリバプールサポーターの力ではなかったか。そしてそのサポーターの力を引き寄せた、ジェラードの得点とその後のパフォーマンスが、強く印象に残る。

 120分を闘い終えた後のPK戦でも、リバプールサポーターはミランの選手にプレッシャーをかけ続けた。PK戦は運の側面が強いが、リバプールがその運をたぐり寄せることができたのは、サポーターの力が大きかった気がする。「サポーターは12人目の選手」。改めてそんな言葉を思い出した。

 試合後、表彰を終えてジェラードがビッグイヤーを掲げると、リバプールを象徴する真っ赤な紙吹雪が授賞式のステージを染め、歓喜の声がこだました。「美しい」と思った瞬間だった。

  
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2005年05月15日

常に攻め続けたバルセロナ優勝の意味

 サッカーのスペイン1部リーグ(リーガエスパニョーラ)の第36節で、バルセロナがレバンテと引き分け、2位のレアル・マドリードも引き分けたため、6季ぶり17回目の優勝が決まった。

サッカー:バルセロナの優勝決定 スペイン1部リーグ(毎日新聞)

 WOWOWでの中継を生で見ていたけれども、ある意味で、今シーズンの中では最もバルサらしくない戦いだったかもしれない。

 2時間前にキックオフのレアルが引き分けたことを知ったバルサイレブンは、「引き分けでも優勝」ということにプレッシャーを受けたのか、キックオフ直後から明らかに動きがおかしい。マジョルカとの残留争いでモチベーションも高いレバンテに先制されてしまう。

 それでも後半に入るとモッタやシウヴィーニョの投入で攻めの姿勢を見せ、後半15分にコーナーキックからエトーのゴールで1−1に追いついた。

 いつもと全く異なったのは、それからだ。まだ残り30分近くもあるのに、バルサはDFラインでボールを回し、時間を稼ぎ出した。レバンテもバルセロナ相手に1−1の引き分けならいいと納得したのだろう、積極的にはボールを取りに行かない。かくして後半の後半は全く試合の体をなしていないという珍しい展開になった。

 とはいえ、そのなりふり構わない「時間稼ぎ」からは、バルセロナの選手、関係者の優勝への渇望感を強く感じた。6季ぶりとはいえ、前の優勝を知っているのは、当時控えだったシャビやプジョルくらいだろう。W杯で優勝したロナウジーニョや昨季のチャンピオンズリーグで優勝したデコなどを除けば、監督のライカールトをはじめ、ほとんどの選手がまだ「何も成し遂げていない」者ばかりだ。

 優勝できなかったこの5季。常に優勝争いに顔を出していればまだよいが、シーズン途中から復活した昨季を除けば、低迷期だった。常にライバルであるレアルに差を付けられ、バレンシアやデポルティボにも後塵を拝した。チームの編成方針もころころ変わって、グアルディオラのような生え抜き選手も、そして一時はチームの中心だったオランダ人たちのほとんどもチームを去っていった。

 そんな苦しい時間を過ごしてきた後だからこそ、チームにもサポーターにも歓喜があふれていた。優勝決定後の、選手とサポーターの喜びようは、こちらまで強く伝わってきた。

 しかし今季のバルセロナの優勝に意味があるのは、6季ぶりだからというだけではない。優勝決定のこの日のゲームを除けば、リーガでも、チャンピオンズリーグでも、徹底した攻めの姿勢を堅持したからだ。単に個人が攻める意識を持つだけでなく、ロナウジーニョを筆頭とした個人技と、素早く、組織的な動きから生まれるプレッシングとパスワーク、攻めが、高度に融合していた。

 もちろんすべての試合で、それがうまくいったわけではない。チャンピオンズリーグ決勝トーナメント1回戦で戦ったチェルシーは、両サイドバックが攻め上がった後のスペースという、このチームの最大のウィークポイントを的確につき、バルサから大量点を奪った。直後のクラシコでレアルがバルサに勝ったのも、チェルシーの戦い方を参考にしたのだろう。

 ただ大事なのは、それでも彼らが攻め続ける姿勢を失わなかったことだ。フットボールは、少なくとも一方のチームが果敢に攻めてこそ、名勝負が生まれる。チャンピオンズリーグの準決勝のセカンドレグ、PSVアイントホーフェン対ACミランのゲームがあれほどの名勝負になったのは、PSVが攻め続けたからだ。

 だがPSVがすべてのゲームで、ああした戦い方をしてきたわけではない。セカンドレグでの戦いは、ファーストレグで、0−2というスコアで負けたからこそ、採った戦い方とも言える。

 バルサがすごいのは、シーズンを通して、攻め続ける姿勢を貫いたことだ。バルサが消えてからのチャンピオンズリーグが、高度で面白いゲームでありながらも、最後のところで華がないように思ってしまうのは、バルサのように常に攻め続ける姿勢を持ったチームがないからだろう。

 バルサのようなチームの優勝は、世界のサッカーを面白くする。来季こそ、チャンピオンズリーグでも結果も、残してもらいたいものだ。
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2005年04月10日

日本代表監督に誘い時のアーセン・ベンゲル

 サッカー日本代表のイラン戦、バーレーン戦を終えて、ますますジーコの監督としての資質に、疑問を感じるようになっている。今や代表で見るべきものは、選手の自主性と「運」だけではないか。

 そんなことを感じている時、こんなニュースが飛び込んできた。

世界的名将・ベンゲル氏が日本に?次期代表監督に意欲
 【ロンドン7日=国際電話】日本代表の次期監督に、プレミアリーグ・アーセナルのアーセン・ベンゲル監督(55)が意欲を示していることが7日、明らかになった。

 7日に放送された英国営BBCのインタビューで、07年でのアーセナルとの契約が満了した後の自身の去就について「日本に行くことも考えている」と話した。ベンゲル氏と日本のつながりは深く、94年からJ1名古屋を指揮。日本代表では、岡田武史監督退任後の98年に日本協会がベンゲル氏に白羽の矢を立てたが断られ、ベンゲル氏が推薦するフィリップ・トルシエ氏と契約したといういきさつもある。

 ジーコ監督は06年ドイツW杯までで退任する意向を示している。アーセナルを3度リーグ優勝に導くなど世界的名将として知られるベンゲル氏の立候補となれば、日本にとって積年のラブコールが実る可能性は大だ。

■アーセン・ベンゲル
 1949年10月22日、フランス生まれ、55歳。選手としては無名も、85年から監督業を開始。フランスリーグ・ナンシー、モナコなどで頭角をあらわし、94年にJ1名古屋の監督に就任。96年天皇杯優勝など好成績を残し、96年にアーセナルの監督に。リーグ3度、FA杯3度優勝を果たした。

(サンケイスポーツ 2005/04/08)

 見出しを見た時は、ベンゲルが今すぐにでも日本に来てもいいと考えているのかと思ったが、そうではなく、07年での契約満了後の去就についてだった。

 だがベンゲルのこの発言を、文字通りに受け取っていいのだろうか?

 ご存じの通り、ベンゲル率いるアーセナルはチャンピオンズリーグ決勝トーナメント1回戦でバイエルン・ミュンヘンに負け、今年も欧州の舞台では強さを発揮できなかった。2年連続優勝したプレミアでも、今季はチェルシーに大きく水をあけられ、優勝は絶望的だ。

 プレミアのゲームをほとんど見ていないので断言はできないが、チャンピオンズリーグのゲームを見る限り、試合内容もよくなかった。アンリ、ピレス、レジェス、ベルカンプといった魅力的なメンバーをそろえながら、個々の選手の動きが連動していない。明らかに数年前より、サッカーの質は低下しているように思えた。

 実績のある監督が率い、メンバーも一流(DFにカネをもっとかけるべきという指摘はあるだろうが)、しかも監督や中心メンバーはここ何年も変わっていない。それにもかかわらず結果がついてこない。こんな時は監督か中心選手の換え時というのが、サッカー界の常識だ。

 プレミアではモウリーニョをポルトから引っ張ってきたチェルシーが大成功したこともあり、アーセナルのフロントが、ベンゲルの後任を探し始めたとしてもおかしくない。

 一方ベンゲルにしても、手塩をかけてきたチームが、どうあがいても結果が伴わないようになれば、あるいはフロントによる後任者探しを察するようなことがあれば、新しい職探しを始めることは十分にあり得る。見方によっては、ベンゲルのこの発言は「日本代表の監督に、今すぐにでも誘ってくれ」というサインのようにも見える。

 実際に今アーセナルに何が起こっているのかはわかりようがないが、そういうタイミングでのベンゲルでの発言だということを、考えるべきだ。しかも場所はBBCのインタビューとのことだから、全く根も葉もない話ということはないだろう。

 日本サッカー協会は代表の監督として、98年にベンゲルに白羽の矢を立てて断られたが、あの時はベンゲルの株が今よりも高く、かつ上昇カーブを描いている最中だった。今はその逆で株価は低迷、しかもこのままでは上昇は期待できずといった局面にある。

 ということで、代表の監督としてこれほど誘い時の時はないだろうと思う。ドイツワールドカップ後ではなく、ドイツワールドカップ本戦、場合によっては予選の途中からということも見据えて、監督ベンゲルを検討すべきだ。少なくとも協会は、ベンゲルやアーセナルのフロントに今すぐにでも接触すべきだろう。

 今年のアーセナルはかつてのような美しいサッカーを展開できなくなったとはいっても、監督としての実力は一級品だ。環境を変えれば、その神通力がよみがえる可能性はかなり大きい。

 ベンゲルが監督時代のグランパスのサッカーの美しさ(ストイコビッチなどの個人の能力と戦術とが融合した美しさ)を忘れられない自分は、どう考えても、ベンゲルの方がジーコより監督としての能力は優れていると思う。

 良いサッカーではないが、結果はそこそこ残す日本代表には飽きてきた。選手の個々の能力は間違いなくアップしているのだから、その選手たちを基に、高度な戦術を駆使して、組織力の伴ったサッカーをする日本代表を見てみたい。
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2005年04月07日

怠け者だった王貞治――秀逸なNHKのプロ野球ドキュメンタリー

 3月末のことだが、プロ野球の開幕を前にNHKが総合テレビで放映した「プロ野球・新時代へ 熱球の伝説」(全5回)がめっぽう面白かった。

 例えば2回目の「一本足打法の衝撃 ホームラン王誕生」(3月22日放送)。世界の王貞治が一本足打法を完成させ、ホームラン王となるまでの道のりを描いたものだが、小学生の頃には王貞治フリークであった自分でさえ、知らない事実がたくさん詰まっていた。

 僕にとって最も意外だったのは、王貞治が「怠け者だった」という点だ。番組中では、当時の監督だった川上哲治も、王貞治を徹底的に指導して一本足打法を導いた荒川尭コーチも、そのことを繰り返し証言している。

 巨人がV9を達成した後、晩年のころしか知らない僕にとって王は「求道者」のイメージそのもの。子どもの頃に読んだ王の自伝(こんなものを読んでいたんだな)には、真剣を取り入れたトレーニング法や、合気道の応用などが披露されており、それが求道者のイメージをさらに強くしていた。

 ところが番組によると、1959(昭和34)年に入団してからの王は素質だけで勝負している選手で、「怠け者だった」のだという。1962(昭和37)年初頭からは荒川の指導で練習に取り組んでいたものの結果は出ず、6月末には「打席に立つのが恐い」とこぼすところまで極度な不振に落ち込んでいた。

 そして7月1日の川崎球場での大洋戦。ヘッドコーチの別所毅彦に「チームが打てないのはおまえの責任。王に、今日からホームランを打たせろ」と怒鳴られた荒川は「昨日の夜、練習したように、今日は一本足で打て」という指示を王に出した。ためをつくり、タイミングを取りやすくするために、たまたま前の晩に一本足打法に取り組んでいたのだ。

 その試合の第1打席はヒット。そして第2打席、王は荒川に言われた通り高々と足を上げバットを振ると、ボールは右翼席に。この試合で王は5打数3安打と大活躍した。

 荒川は言う。「たまたま足を上げたこの瞬間にホームランが出た、これが何とも言えない彼の幸運だった」。そのゲームの後、荒川は王にこう話したという。「おまえは、この一本足で運をつかんだ。つかんだ運を離さないために、今まで以上に練習しような」。

 王はこの日を境に「練習の鬼」に変わっていったのだった。

 僕はてっきり、「鬼気迫る猛練習」の末に一本足打法があったのかと思っていた。でも事実は逆。一本足打法はたまたまの偶然から生まれたもの(その偶然も、努力の末の偶然ではあるのだが)で、それを定着させる、自分のものとするために王は「鬼気迫る猛練習」に取り組んだのだ。

 この逸話は、様々なことを示唆しているようにも思える。

 良質なノンフィクションやドキュメンタリーは、視聴者や読み手がよく知っているはずの事柄について、読む、見る側の予想を上回る、覆すような素材を提供する。今回の「プロ野球・新時代へ 熱球の伝説」はこの王の回に限らず、まさしく僕らの予想を覆すようなファクツを伝えてくれる、第一級のドキュメンタリーだ。

 今回の番組のように、豊富な資金力を前提にした丹念なインタビュー。そして過去の膨大な映像蓄積。これこそがNHKの強みだと思う。

 夜7時のNHKニュースで、ホリエモンを妙にらしくない派手派手しいやり方で取り上げ、自社の問題も含めそのほかのニュースをかすめさすようなやり方が、本当のNHKだとは思いたくない。
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2005年03月22日

チャンピオンズリーグが示す3-5-2(3-4-1-2)システムの劣勢

 今日、RSSリーダー(headlinereader)を使って、ニュースサイトやらブログやらを巡回していたら、杉山茂樹がgooのNumberWebにチャンピオンズリーグを例にとって、4-2-3-1や4-3-3のサイド攻撃重視のシステムの興隆が、3-5-2(3-4-1-2)のシステムを激減させたことをやかりやすく書いていた。
[チャンピオンズリーグの真髄] [第12回]『3-4-1-2』の不在

(前略)
 4-2-3-1以上にサイド攻撃を重視する4-1-4-1的な4-3-3が、さらに増えていけば、3-4-1-2の居場所はもっと失われる。今季のチャンピオンズリーグは、その傾向を示唆している。

 我々の身近で、3-4-1-2といえば、日本代表になる。次戦の相手はイラン。布陣は4-2-3-1だ。チャンピオンズリーグの歴史は、イラン有利を予想する。戦力が互角ならば、噛み合わせの良さでイランが優勢。4-3-3の台頭を欧州で確認した後だけに、いっそう不安になる。両サイドを攻められ、5バック状態になり、攻撃はロングボールが主体。しかし、バックラインとトップが離れすぎているので、必然FW人へのサポートは薄い。シェフチェンコやエトーがいればそれでも何とかしてくれそうだが……。

 チャンピオンズリーグの8強の中に「3-4-1-2」は1つも存在しない。それはなぜか。日本でチャンピオンズリーグを最も見る必要がある人物は、ジーコ監督であると僕は確信する。

 昨日のエントリー(「場当たり的なジーコの4バック」)で僕が書いていたこととほぼ主張は同じだけれど、さすがに現場を数多く見ている杉山氏だけあって、より説得力がある。

 日本代表とは直接関係ないが、チャンピオンズリーグのバルセロナ対チェルシーで、チェルシーがもしロッベン不在でなければ、より攻撃的になり、それ故にバルサに打ち負かされたかもしれないという主張は、なるほどと思った。
 チャンピオンズリーグの決勝トーナメント1回戦、バルサ対チェルシー戦に、もしロッベンが出場していれば、4-3-3対4-3-3は実現していた。チェルシーは手堅いカウンターアタック戦法をとらず、正攻法でバルサに立ち向かっていったと思われる。そしたら結果はどう転んでいただろうか。バルサが打ち勝ったようなに思えてならない。チェルシーはロッベンという看板不在が、むしろ功を奏した。弱者の論理に則れたことが幸いした。

 そうだよなあ。結果的にはバルセロナはチェルシーのカウンターにしてやられてしまったのだ。チェルシーは2戦目に4点を取ったが、4点目、テリーのヘディングを除いた3点がカウンターからのものだったからな……。

 それにしても、ウェブ上で雑誌「Number」の掲載コラムの一部や、この「チャンピオンズリーグの真髄」のような雑誌未掲載のコラムが読めるのは嬉しい。gooはRSSの配信もしているので、RSSリーダーを使ってブログやニュースサイトの巡回をしている人はぜひ、登録してみてください。
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2005年03月21日

場当たり的なジーコの4バック

 ドイツで合宿中のジーコ・ジャパンが、練習試合で4バックをテストしたという。

中田シフトだ、イラン戦は「4バック」

 【フランクフルト(ドイツ)20日=岡本学、西尾雅治、山下健二郎】日本代表ジーコ監督(52)が、MF中田英寿(28=フィオレンティーナ)の復帰を想定した4−4−2システムをテストした。ドイツ合宿3日目、地元アマチュアのFSVマインツ05(ドイツ3部相当)との練習試合で、前半に4バックをテスト。試合後に4バックでW杯アジア最終予選イラン戦(25日、テヘラン)へ臨む意向を明らかにした。選手の一部に多少の戸惑いもあるが、約1年ぶりの代表復帰となる中田英を中心にイランとの大一番へ臨む。

 約11カ月ぶりの代表復帰となる中田英の合流前に、ジーコ監督は腹を決めた。地元アマとの練習試合で、昨年の東欧遠征から21試合中19試合で採用してきた3−5−2ではなく、4−4−2のシステムで前半をスタート。代表発表の14日には3バックで臨んだ2月9日の「北朝鮮戦をベースに考える」とイラン戦の構想を語っていただけに「意外だった」(DF宮本)。ジーコ監督は「イラン戦? おそらく4バック」と試合後にコメント。それは紛れもなく、昨年3月31日のシンガポール戦以来約1年ぶりとなる中田英復帰を想定したシステムだった。

(日刊スポーツ 2005/03/21)

 僕は両サイドからの攻撃を重視する現代サッカーでは4バックの方が適しているとは思う。現に、ここ数年のうちに欧州の大半のチーム(クラブレベルでも代表でも)は4バックになった。

 ただ、だからといってジーコの4バック転換(?)を素直には評価しにくい。おそらく4-2-3-1で、ダエイの1トップを敷くイラン対策という意味合いもあるのかもしれないが、もっと大きな理由は中村俊輔と中田英寿を併用したいということにあるからだ。

 うーん、こういうことで3バックと4バックを簡単に変えるのはどうなのだろう。もちろん4バックなりの約束事が徹底されればいいのだが、これまでのジーコジャパンを見る限り、そうはなりにくい気がする。中田が戻ってきたから4バック? あまりにも場当たり的な戦術転換に思えるのだ。

 数年前までは世界の多くのチームが採用した3-5-2が激減したのは、98年ワールドカップのオランダ代表あたりに端を発する、両サイドにプレーヤーを2枚ずつ置く4-2-3-1のシステムに相性が悪かったためだ。

 4-2-3-1対3-5-2のゲームでは、常にサイドの枚数は2対1で4-2-3-1の方が数的有利だ。中央の守備が強くなって、サイドに活路を見いださなければならない現代のサッカーでは、サイドのプレーヤーが1枚しかいない3-5-2は一般的に分が悪い。

 だがジーコのシステム変更には、こうしたことを考慮した様子がまるでうかがえない。ヨーロッパのサッカーを(テレビでも)見ていれば僕らでもわかることだが、欧州のサッカーを生で観戦するジーコの姿はほとんど見たことがないし、世界のサッカー勉強しているようにも見えない。

 ジーコジャパンの3-5-2は、ダエイのような1トップとマハダビキアのような強力なサイドアタッカーがいるチームには、フォーメーション上、どうしても分が悪い。アウェーの戦いということもあり、日本の両サイドがイランのサイド攻撃を恐れて引いてしまい、5バック化することが容易に予想できる。

 かといって4バックにしても守備面の不安は解消されるとしても(誰がサイドバックを務めるかにもよるが)、中盤の構成がボランチ2枚に中田、中村だと中央に寄りすぎて、サイドアタックが生かせない。バランスを考えられる中村が臨機応変にサイドに張るような形になれば、ある程度不安は解消されるのだが。

 現段階では、5バックになってしまったとしても、慣れた3-5-2の方がまだまともな戦いができるだろうと、個人的には思う。

 どちらにしても、今のジーコジャパンには、欧州のトップチームのような確固たる戦術がない。それでもしのいで最後は結果を出すというのがこれまでのこのチームだったのだが、その「運」だけを頼りにしてしまっていいものか。不安は尽きない。
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2005年03月19日

ボールを置きにいったロナウジーニョのスーパーゴール

 05−06チャンピオンズリーグ、決勝トーナメント1回戦第2戦のチェルシー(イングランド)対バルセロナ(スペイン)戦は、まさに前回の記事「チャンピオンズリーグとアウェーゴール2倍ルール 」で書いた通りの、アウェーゴールルールが最も効果的に働くゲームになった。

 19分までにバルセロナが連続して3失点した時、前半が終わった段階で、バルセロナ有利となる展開を誰が予想しただろうか。一方的と思えた展開を「まれに見る名勝負」に引き戻したのは27分、チェルシーのパウロ・フェレイラのハンドだった。

 「これで試合は決まったかもしれない」。そんなエアポケットに入ってしまったかのような時間帯だった。拮抗した展開ならば、主審があれだけきっぱりとPKをとったかどうか。そしてチェルシーの選手にしても「3点取った後だから、まあ、仕方がないか」といった表情が見て取れた。しかしこの1点で合計点は4対3でチェルシーのわずかなリード。また試合の行方がわからなくなった。

 38分、デコのパスを受けた時のロナウジーニョの位置はペナルティエリア正面。しかしボールは足下にあって、通常ならシュートは無理な場所だった。その場にいた選手も、そして観客もほぼ100%、パスを想像しただろう。

 だがロナウジーニョはつま先ともアウトサイドとも見えるような位置で、浮き球をける。さして速いシュートではなかったが、意表をつかれたキーパー、チェフをはじめとしたチェルシーのディフェンス陣は、ゴール左上に吸い込まれるボールをただ見送るしかなかった。

 僕がその瞬間思い浮かべたのは「ボールを置きにいく」という言葉だった。この言葉は普通、野球でピッチャーがストライクをほしい時に、力を抜いてコースを狙いにいく投球のことを表す。ロナウジーニョのシュートは、腕で野球のボールを投げるのと同じような感覚を、見る者に思い起こさせてしまったのだ。

 記憶に残るスーパーゴールにはいろいろな種類がある、これはまさしく見る者すべての予想を裏切った、超えたゴール。すごかった。

 僕の一押しのバルセロナは負けてしまった。けれども2試合ともこれだけスリリングな展開となり、しかもロナウジーニョのスーパーゴールもあったので、ある意味では満足。これを現地のスタジアムで見ていたら、その興奮はすごかっただろう。

 チェルシーにはぜひ、チャンピオンズリーグで初優勝してもらいたい。準々決勝以降でロッベンなどが復帰すれば、とかく堅実すぎて面白みがないと言われる戦い方も変わるだろう。そしてバルセロナはリーガ・エスパニョーラに集中して、こちらも1998―99シーズン以来5季ぶりの優勝を成し遂げてもらいたい。
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2005年03月08日

チャンピオンズリーグとアウェーゴール2倍ルール

 スポーツを実際にやったり見たりしていると、「このルールは本当によくできているな」と思うことが時々ある。その中でも特に感心するのが、サッカーにおけるアウェーゴール2倍ルールだ。

 ホーム(自チームの本拠地)とアウェー(相手チームの本拠地)の概念がしっかり確立しているヨーロッパでは、サッカーのトーナメント戦はほぼホーム・アンド・アウェーの2試合1セットで行われる。勝ち負けは2試合の得点数の合計で決まるわけだが、それが同点だった時のみ、アウェー(敵地)でのゴールを2倍にカウントするルールのことだ。

 同じサッカーでもリーグ戦においては、お互い引き分けに納得ずくで、ラスト10分は両チームともボールをキープするだけで、攻めたりボールを奪ったりする気がないという、退屈な状態があり得る。特にワールドカップの1次リーグなどで、決勝トーナメントへの進出チームが決まりつつある場合には、そういうことがよく起こる。

 またトーナメントでも、一発勝負の場合にはお互い攻め疲れたために、最終盤は攻めずにPK戦を待つというケースもなくはない。

 ところがアウェーゴール2倍ルールが適用されるホーム・アンド・アウェーの戦いの場合、「五分五分」の均衡状態がほとんどない。そして得点が入るごとに、両チームの優勢と劣勢が、オセロゲームのコマのように逆転してしまう。常に優劣がはっきりしているので劣勢のチームが攻めざるを得ず、それが必然的に好ゲームを生むことになる。

 2月23日にバルセロナのカンプ・ノウで行われた、05−06チャンピオンズリーグ、決勝トーナメント1回戦第1戦のバルセロナ(スペイン)対チェルシー(イングランド)も、アウェーゴール2倍ルールの存在を強く印象づけた試合だった。「事実上の決勝戦」という呼び声もあるこの対戦は、このルールによってさらに面白みが増しているのだ。

 立ち上がりから、ホームのバルセロナは攻める。共に自国リーグで首位に立ち、フォーメーションが4-3-3という共通点はあるが、どちらかというとバルセロナは「攻」、チェルシーは「守」に特徴があるチームだ。しかも第1戦はバルセロナのホーム。「0−0なら御の字」という魂胆が透けて見えるチェルシーに対し、バルセロナは果敢に攻め続けた。

 ところが先制はチェルシー。鋭いチェルシーの一瞬のカウンターに、バルセロナのDFベレッチがクリアしたボールがオウンゴールになってしまったのだ。

 たかが1点。されどアウェーでの2倍の重みを持つ1点だ。しかも相手は堅守のチェルシーである。ある意味で、バルセロナはこの時点で、かなりの劣勢に立たされたわけだ。 

 バルセロナはさらに攻め立てたが、ゴールを割ることができない。後半に入り、バルセロナは入団したばかりで、20歳のアルゼンチン人ストライカー、マクシー・ロペスを投入。これで流れが変わり、6分間で2点を奪って逆転した。その後も何本ものシュートをチェルシーゴールを襲ったが、追加点を奪うことはできなかった。

 バルセロナから見ると、ホームでの2−1。最初にオウンゴールで失点したことを考えれば、胸がすく逆転劇ではある。だが冷静になって2戦トータルでスコア面から考えると、いまだにチェルシーがやや有利と見るべきだろう。2戦目をホーム、スタンフォードブリッジで戦うチェルシーが得意とする1−0で勝利すれば、総得点では同じでもアウェーゴールではチェルシーが上回り、準々決勝に勝ち抜けするのはチェルシーだからだ。

 だが逆に第2戦でバルセロナが先制すると、チェルシーは途端に窮地に立たされる。バルセロナから少なくとも2点を奪取しなければ、準々決勝への道は消えてしまうためだ(2点取って2−1に持ち込めば、2戦合計で3−3。アウェーゴールも同数なので、延長戦に入る)。アウェーゴール2倍ルールのおかげで、かくも戦いがスリリングなものになるのだ。

 第1戦を終えてやや不利なバルセロナは、アウェーでの第2戦でも攻めに出るだろう。第1戦でレッドカードを食らったドログバと、ケガによるロッベンを欠くチェルシーは、どのようにして点を取りにいくのだろうか。

 チェルシーは魅力的なチームだ。だが、いま世界最高のウィングプレーヤーといってもいいロッベンを欠くチェルシーは、ロナウジーニョをはじめとした個人技と戦術が高次元で融合している今季のバルセロナ(けが人が多いせいで調子が悪い時もあるが)と比べると、いささか魅力が劣る。

 第2戦のホイッスルが鳴るまであと数時間。両チームが攻め合いを演じた上で、最後にはバルセロナが接戦を制す。そんな展開を願っている。
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2005年02月10日

ジーコの選手交代と強運

 ワールドカップアジア地区最終予選第1戦の北朝鮮戦。日本が普段通りの戦い方をしていれば、もっと楽に勝てたはずだ。小笠原のフリーキックで思いのほか早い時間帯で先取点を奪った時は一瞬、楽勝ムードが漂ったほどだ。

 しかし最終予選初戦のためか、どこか硬さが抜けない。2点目を奪えないまま、同点に追いつかれ(あれは川口のミス、ニアサイドのシュートもあり得るのに、クロスに山をかけてしまった)、難しい試合にしてしまった。「ふたを開けてみなければわからない」。これが最終予選の難しさだろうか。

 光ったのは、ジーコの選手交代だ。サッカーの監督はゲームが始まってしまえば、ハーフタイムの指示と、交代枠3人のカードをいつ、どのように切るかぐらいのことしかできない。それだけ交代枠の使い方は監督の能力次第なのだが、前任のトルシエもそうだったが、ジーコも、このカードの切り方があまり上手ではない。

 ところが北朝鮮戦ではそのタイミングが抜群だった。同点に追いつかれた直後に鈴木に代えて高原、田中に代えて中村を投入。ここまでは多くの人が予想しただろう。だがそれでも勝ち越しゴールを奪えないと見ると、3人目の大黒を、玉田に代えてピッチに送った。

 玉田が悪かったわけではない。むしろその強引なドリブル突破は、全般的に消極的な攻撃陣の中では、最もゴールの予感を感じさせる選手だった。確かにタイミングとしては3人目の選手を送るべき時間だったが、調子が良かった玉田に代えて、代表ではゴールがなく、そして中村、高原とほとんどプレーをした経験がない大黒を投入することは、ジーコにとっても一つの賭けだったはずだ。

 だが試合はその大黒がロスタイムにゴールを奪い、日本が2−1で辛勝した。ジーコの賭けは見事に的中したのだ。

 昨年のJリーグの日本人最多得点者なのだからこういう展開になって当然という見方もできるかも知れないが、やはり大黒の、そしてジーコの強運を感じる。スペインのマジョルカで、最初の試合に得点を決めて一気に認められた大久保のように、大事な試合で初得点を決めた大黒も代表での居場所を確保するだろう。

 アジアカップでの戦いといい、そして最終予選初戦での北朝鮮といい、ジーコの強運、勝負強さはどこからくるものなのだろう。選手時代はむしろ、その実力ほどには運には恵まれなかったジーコだが、少なくとも日本代表の監督になってからのジーコは、サッカーの神様が支配している運をたぐり寄せる「何か」を持っている。
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2005年02月09日

大河ドラマとしてのワールドカップアジア最終予選

 中学生の頃からサッカーを見るようになって20数年。これまでで一番熱狂しながら見続けたゲーム(大会)が、8年前のワールドカップ(W杯)アジア最終予選だった。

 もちろん4年に1度のW杯本大会は華があって面白い。その中間年にあるユーロ(欧州選手権)はチーム数が少なく実力が伯仲しているだけに、W杯以上に好ゲームが目白押しだ。サッカーのレベルで言えば、チャンピオンズリーグの方がさらに上をいくだろう。

 だが日本人として、一番熱狂できるのは代表の試合だ。本大会は負けたとしても、どこかで納得してしまう部分もあるが、アジア予選こそは「勝たなければならない」大会だ。それだけに選手の受けるプレッシャーは大きく、予想外のことが起こり、修羅場にもなりうる。

 8年前のアジア最終予選では1ファンとして、ぬか喜びをし、打ちのめされ、諦め、また希望を持ち、最後には歓喜にふるえた。最終予選でホーム・アンド・アウェー方式が採用されたのはこの時が初めてで、2カ月以上も戦いが続いたことが、大河ドラマのような趣を感じさせる大きな要因になった。

 9/7の初戦カザフスタン戦はカズのゴールなどで大勝したものの、9/28のホームでの韓国戦で負けて本大会出場がピンチに。10/4、アウェーでのカザフスタン戦に引き分けた直後に加茂監督が解任、岡田コーチが監督に昇格した。

 それでも薄氷を踏むような闘いは続き、11/1のソウルでの韓国戦で2−0で勝利したことで、ようやく出場権獲得の可能性が出てきた。そして11/16、ジョホールバルでのイラン戦。岡野のゴールデン・ゴールで日本が勝った時には、「神様はかくも魅力的なシナリオを用意したものだ」とうめいてしまったほどだ。

 それから8年。また今晩からアジア最終予選が始まる。日本の実力アップと、アジアの出場枠拡大という二つの要因から考えれば、本大会出場の可能性は8年前と比べかなり高いだろう。

 だが、必ずや予想外のことは起こる。サッカーとはそういうものだし、それがあるからこそ奥深く、楽しいのだとも言える。そうした予想外のことを乗り越え、最後は歓喜に至る大河ドラマのような戦いを見たい――。それが1ファンとしての、望みである。
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2005年02月06日

ライカールトとテン・カーテ

 リーガ・エスパニューラのバルセロナが昨シーズン、前半戦は極度に不振だったのが後半戦には見違えるようになった時、とて不思議な気がしたものだ。このチームの強さの源泉は何なのか? それが今ひとつ腑に落ちなかったからだ。

 確かに昨シーズンに加入したロナウジーニョは世界で最も華があるプレイヤーの1人だし、後半戦から加わったダービッツの力も認めるが、それだけではない新しさと強さを、昨シーズンのバルセロナには感じた。

 弱かった昨シーズン前半戦の試合をきちんと見ていないのでよくわからないのだが、僕が気がついた時には、バルセロナはスペインでは主流の4-2-3-1ではなく、4-3-3で戦っていた。

 4-2-3-1でも両サイドハーフがウィング的にフォワードに近いポジションを取れば4-3-3的になる。だがバルセロナの4-3-3はそれとは異なっていた。

 特徴的なのは中盤の構成で、当時はコクーがボランチというかフォアリベロ的に構え、その少し前方に右にシャビ、左にダービッツを置くという布陣で、そのフォーメーションが、僕にはとても新鮮に映った(ちなみにユーロ2004のオランダもバルセロナのシステムを踏襲して戦い、特にチェコ戦ではそのシステムが見事にはまり大会一の好ゲームになった)。

 しかも単にフォーメーションが新しいだけでなく、そのシステムを選手がよく理解していた。フォーメーションにしばられたチームは往々にして「ボールは回るが人は動かない」状態になってしまうが、バルセロナはプレスをしっかりとかけるだけでなく、ポジションチェンジを頻繁にして、しかもそれが破綻していなかった。

 今シーズンの開幕前、僕がバルセロナについて懸念したのは、あまりにも選手が変わったことだ。首脳陣からも、そしてたぶんファンからも信頼を失ったクライファートやフランク・デブールは仕方がないにしても、最終ラインもボランチもサイドバックもできるコクーや、昨シーズンの快進撃の立役者であるダービッツ、そして得点源のサビオラを放出してしまうのは、ちょっと理解ができなかった。

 ところが、ふたを開けてみると、バルセロナは昨シーズン以上に強くなっていた。フォーメーションは昨シーズン後半と一緒で、システムに対する選手の理解はさらに進んでいるように思えた。エトーやデコ、ジュリ、ベレッチなどレギュラー陣の多くが入れ替わっていることを考えると、そのシステムの理解力と使いこなし方は驚異的である。

 これは、どう考えても選手だけでなく、監督・コーチ陣が優れている、ということになる。だが、ユーロ2000でオランダ代表の監督を務めた時のライカールトには、どうしても「戦略家」や「知将」というイメージは感じられなかった。あの時のオランダはタレントはそろっているのに、チームとしての強さをあまり見せることができなかったからだ。

 それなのにバルセロナはなぜこんなに強くなったのか、というのが大きな疑問だったのだ。個々のタレントと戦術の融合という意味では、今のチームはクライフの監督時代をも上回るかもしれない。

 その疑問が氷結したのは、杉山茂樹によるSportiva2月号の「バルセロナの知恵袋 テン・カーテのインタビュー」と、NumberWebに掲載されていた「チャンピオンズリーグの真髄 第9回 プレッシングの流行」を読んでからだ。

 この二つの記事からわかることは、現在のバルセロナの戦術や戦い方は知恵袋のテン・カーテ助監督がいるからこそ、ということだ。オランダ人などは「現在もバルセロナは実質的にテン・カーテののチームと見ている」のだという。Sportivaに載ったテン・カーテの発言は、現在のサッカーの戦術を考える上でも、実に面白い。

 しかし、WOWOWでのバルセロナ戦の中継も含め、日本ではほとんどテン・カーテについて言及されることがない。まあ、それは仕方のないことなのかもしれない。ポルトを昨季のチャンピオンズリーグの優勝に導き、チェルシーに移ったモウリーニョ監督だって、ポルトが勝ち進むまでは、日本では注目もされていなかったのだから。

 それにしても、チャンピオンズリーグの準々決勝で、この当代切っての「華もあり高度な戦術も駆使する」チームであるバルセロナとチェルシーが対戦してしまうのは、とても惜しい気がする。いや一回きりで終わってしまう決勝よりも、名勝負が期待できる準々決勝の方がよかった、というべきなのだろうか。
posted by KH at 02:32| Comment(0) | TrackBack(0) | サッカー・スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月19日

杉山茂樹のいない「Number」なんて

 スポーツ雑誌「Number(ナンバー)」のサッカー記事がつまらないと感じるようになって、どれくらいたつだろう。日韓ワールドカップを境に、ナンバーにおけるサッカー記事の量はがくんと増えた。だが、それに反比例するようにつまらなくなったような気がする(サイモン・クーパーの記事などは別だが)。

 理由の1つははっきりしている。杉山茂樹の書く回数がめっきり減っているからだ。スポーツライターとしては金子達仁の方が断然有名だろう。確かに金子の文章は熱いし、つぼにはまった作品は抜群に面白い。彼の名を高めた『28年目のハーフタイム』などはその好例だ。

 だがサッカーライターとしては、僕は杉山茂樹の方が好きだし、買っている。金子は特定の取材源に偏る嫌いがあるし(初期の中田英寿や川口能活)、実際のサッカーを見ている量が杉山より劣るのではないかと思うからだ。

 杉山の文章は癖がある。でもその独断と毒と、そして示唆に富む文章は、実際のサッカーを見るのと同じくらいの楽しみを、僕には与えてくれる。

 その杉山茂樹。数年前までは、チャンピオンズリーグの観戦記や監督インタビューなどを定期的にナンバーに書いていた。それが僕にとってはとても楽しみだったし、彼のそうした文章が世界のサッカーを見る時の道標になっていた。

 例えば4-2-3-1という今や世界の主流となったフォーメーションを、生まれた経緯やその効能をきちんと日本の雑誌で解説したのは、彼が初めてだったのではあるまいか。

 ところが現在のナンバーでは、彼が書くのは巻末の定期的な小さなコラム(SCORE CARD)と、日本代表のゲームの寸評ぐらいだ。あれほど欧州を旅しているはずなのに、チャンピオンズリーグや、ユーロ2004の解説はほとんど書いていない。

 杉山茂樹の文章はどこで読めるんだ?と思っていたら、最近はナンバーのライバルとなっている「Sportiva」に書いているようだ。

 おそらくナンバーは社員編集者の若返りとともに、ライターの方も編集者が使いやすい若手に切り替えているのではないかと思われるが、はっきり言って、杉山茂樹が書かないナンバーのサッカー記事は、かなりつまらない。

 と、そんなことをしばらく前から考えていた。ところがウェブを検索していたら、杉山さん、ナンバーのサイトにはチャンピオンズリーグについての連載をしているじゃありませんか。

 僕が常々リーガエスパニョーラなどのゲームを見つつ感じていたことをきっちりと言葉にしてくれているからでもあるのだが、やはり面白い。彼のように現場を徹底的に見ながら、歴史眼(サッカーのね)と戦術眼を併せ持つサッカーライターは、他にはそうはいない。

 ナンバーさん、こんな文章をウェブだけに掲載しておくのはもったいないですよ!
posted by KH at 01:58| Comment(34) | TrackBack(0) | サッカー・スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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