2005年05月03日

突然の国策捜査の終了(とてつもなく面白い『国家の罠』3)

 佐藤優著『国家の罠』の後半部分に、気になる部分がある。

 2002年5月14日に東京地検に逮捕された佐藤は、東京地検の西村尚芳検事による取り調べがかなり進んだある日、こんなことを言われたという。

「この話を事件化すると相当上まで触らなくてはならなくなるので、うち(検察)の上が躊躇しはじめた。昨日、上の人間に呼ばれ、『西村、この話はどこかで森喜朗(前総理)に触らなくてはならないな』と言われた」

「西村さん、それは当然だよ、鈴木さんにしたって僕だって、森総理に言われてセルゲイ・イワノフとの会談を準備したんだから」(344P)

 そして逮捕から3カ月後の8月26日、捜査は突然終幕を迎える。佐藤は西村とこんなやりとりをする。

「唐突な終わりだね。いったい何があったの」

 西村氏は、捜査が終了した経緯について率直に説明した。この内容について、私は読者に説明することはまだ差し控えなくてはならない。しかし、ひとことだけ言っておきたいのは、西村氏の説明が踏み込んだ内容で説得力に富むことだった。私は西村氏に答えて言った。

「そうすると今回の国策捜査をヤレと指令したところと撃ち方ヤメを指令したところは一緒なのだろうか」

「わからない。ただし、アクセルとブレーキは案外近くにあるような感じがする。今回の国策捜査は異常な熱気で始まったが、その終わり方も尋常じゃなかった。ものすごい力が働いた。初めの力と終わりの力は君が言うように一緒のところにあるかもしれない」

「西村さん、僕にもそんな感じがする。体制内の政治事件だからね。徹底的に追求すると日本の国家システム自体が壊れてしまう」(345〜346P)

 普通に推理すれば、これは小泉純一郎首相本人かその周辺がアクセルを踏み、森喜朗前首相に累が及ぶのを恐れ、小泉本人かその周辺がブレーキも踏んだということなのだろう。

 検察に対して「正義の味方」といった幻想は抱いていなかったつもりだが、こういうやりとりから垣間見える検察=国家権力のあり方に、僕はやはり恐ろしさをおぼえる。
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2005年05月02日

どうして国策捜査は行われたか(とてつもなく面白い『国家の罠』2)

 佐藤優の『国家の罠』についてはいくつもの論点で語ることができると思うが、最も重要なのは、鈴木宗男事件は「国策捜査」だったという点だ。東京地検の西村尚芳検事は逮捕から3日後の2002年5月16日に、佐藤に対して

「そこまでわかっているんじゃないか。君は。だってこれは『国策捜査』なんだから」

 と、初めて「国策捜査」という言葉を使っている(218P)。また西村は佐藤に対して、こうも言っている。

「これは国策捜査なんだから。あなたが捕まった理由は簡単。あなたと鈴木宗男をつなげる事件を作るため。国策捜査は『時代のけじめ』をつけるために必要なんです。時代を転換するために、何か象徴的な事件を作りだして、それを断罪するのです」。(287P)

 それではどんな「時代のけじめ」、どんな「時代の転換」が必要だったのだろうか。佐藤は西村との取り調べを通して自分の考えをぶつけ、以下のような考えを持つようになる。

 問題はその先だ。なぜ、他の政治家ではなく鈴木宗男氏がターゲットにされたかだ。それがわかれば時代がどのように転換しつつあるかもわかる。(中略)

 その結果、現在の日本では、内政におけるケインズ型公平分配路線からハイエク型傾斜配分路線への転換、外交における地政学的国際協調主義から拝外主義的ナショナリズムへの転換という二つの線で「時代のけじめ」をつける必要があり、その線が交錯するところに鈴木宗男氏がいるので、どうも国策捜査の対象になったのではないかという構図が見えてきた。

 小泉政権の成立後、日本の国家政策は内政、外交の両面で大きく変化した。森政権と小泉政権は、人脈的には清和会(旧福田派)という共通の母胎から生まれてはいるが、基本政策には大きな断絶がある。内政上の変化は、競争原理を強化し、日本経済を活性化し、国力を強化することである。外交上の変化は、日本人の国家意識、民族意識の強化である。

 この二つの変化は、小手先の手直しにとどまらず、日本国家体制の根幹に影響を与えるまさに構造的変革という性格を帯びている。(中略)

 鈴木宗男氏は、ひとことで言えば、「政治権力をカネに替える腐敗政治家」として断罪された。

 これは、ケインズ型の公平配分の論理からハイエク型の傾斜配分の論理への転換を実現する上で極めて好都合な「物語」なのである。鈴木氏の機能は、構造的に経済的に弱い地域の声を汲み上げ、それを政治に反映させ、公平配分を担保することだった。

 ポピュリズムを権力基盤とする小泉政権としても、「地方を大切にすると経済が弱体化する」とか「公平配分をやめて金持ちを優遇する傾斜配分に転換するのが国益だ」とは公言できない。しかし、鈴木宗男型の「腐敗・汚職政治と断絶する」というスローガンならば国民全体の拍手喝采を受け、腐敗・汚職を根絶した結果として、ハイエク型新自由主義、露骨な形での傾斜配分への路線転換ができる。結果からみると鈴木疑惑はそのような機能を果たしたといえよう。(292〜294P)
 小泉首相や官邸の人間が、佐藤優や鈴木宗男の逮捕時に、以下のような明確な「時代のけじめ」を意識していたかは、僕にはわからない。おそらく佐藤がここで解説したほどには、明確な意識はなかったに違いない。

 だが結果として、鈴木宗男事件の前後から、というより小泉政権の誕生後、日本が「内政におけるケインズ型公平分配路線からハイエク型傾斜配分路線への転換、外交における地政学的国際協調主義から拝外主義的ナショナリズムへの転換」の舵を切ったことは確かだ。

 その後の小泉政権の三位一体改革による地方の切り捨て、イラクへの自衛隊派兵、最近のロシア、中国、韓国、北朝鮮との関係悪化などを考えると、佐藤の分析は的を射ていると思う。また、彼の分析は僕自身の実感とも重なっている。

 その当時はわからなくても、しばらくたって時代を振り返った時に、「あの時がターニングポイントだったのかもしれない」と思う瞬間がある。2001年4月の小泉政権誕生、そして2001〜2002年のムネオバッシング、鈴木宗男事件はそのターニングポイントを象徴する事件だったのかも知れない。
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2005年05月01日

とてつもなく面白い『国家の罠』(佐藤優著、新潮社)

 梅田望夫氏のブログでの書評に触発されて、佐藤優の『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)を、しばらく前に読み終えた。

 佐藤優は外務省の元主任分析官。1991年のソ連消滅、エリツィン大統領の台頭から、その後の混乱の時代を経て、プーチン氏への政権委譲へと続く90年代激動のロシアを縦横無尽に駆け回り、類いまれな専門知識と豊富な人脈形成力を駆使して、膨大な情報を日本政府にもたらした外交官だ。だが鈴木宗男疑惑に絡んで2002年、東京地検特捜部に背任と偽計業務妨害の容疑で逮捕された。

 その佐藤が「鈴木宗男事件」と、東京地検によるその捜査の実態を明らかにしたのが本書だ。感想を一言で言えば「とてつもなく面白い」。これから何回かに分けて、この本について書いてみたい。

 その前に『国家の罠』について触れた書評などをいくつか。

・ムネオ日記(鈴木宗男、2005年3月29日)
(前略)
 佐藤優さんの「国家の罠」(新潮社)が大きな反響を呼んでいる。先週の週刊新潮の「真紀子ヒトラーと宗男スターリンの死闘」は本の一部を紹介しているもので興味をそそる。今週の週刊現代では「私と鈴木宗男を陷れた面々」と佐藤さんの告白インタビューは魚住昭先生とのやりとりだけにとっても迫力がある。今日発売の週刊朝日、「私が国家の罠に落ちた理由の中で事件は時代のけじめをつけるための国策捜査だったと主張する」佐藤さんの明確な信念や想いが伝わってくる。

 多くの人が「国家の罠」週刊誌での佐藤さんの発言を読んで何が真実かそれなりに答えが出ることだろう。私も検察官から「権力を背景にやっていますので国策捜査と言われればその通りです」と言われたことを思い出しながら意図的に恣意的に事件は作られ狙われたらどうしようもない現実を経験したものとして佐藤さんの気持ちが痛いほど判る。私も佐藤さんも一に国益、二に国益、三、四無くて五に国益をふまえ、日露関係の発展、領土問題の解決に努力したことを誇りに思いながら過ぎし日々を振り返るものである。

・外交大転換の裏面描く(2005年4月17日 読売新聞書評 米原万里)

・国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて [著]佐藤優(2005年4月17日 朝日新聞書評 青木昌彦)

・「異能の外交官」の内幕手記(2005年4月10日 産経新聞書評)


追記(5/15)

 続編があるので、こちらも読んでくださいね。

どうして国策捜査は行われたか(とてつもなく面白い『国家の罠』2)

突然の国策捜査の終了(とてつもなく面白い『国家の罠』3)

佐藤優の精神的強さの源は何か(とてつもなく面白い『国家の罠』4)


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2005年04月11日

桜吹雪

 週末、車で四万十川、四国カルスト方面を走ってきた。多くの地域と同じように、高知も3月の気温が低く(2週間ほど前には山間部は雪も降った)、桜の開花はひどく遅れた。しかし遅れた分、ソメイヨシノだけでなくヤマザクラやシダレザクラなど多くの種類の桜、桃やヤマツツジなど山々の花も、一気に開花した感がある。

 山を見上げると、ここかしこが桃色に染まっている。国道脇にも、多くの桜が植えられている。9日の土曜日、四国は晴天に恵まれ、ほどよい風で散り始めた桜吹雪の中を、車を走らせた。

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 この写真にあるのは四万十川の支流、梼原川にある津賀ダム上流の下津井の「めがね橋」。かつて、この地には切り出した木材を運搬するための森林軌道(トロッコ線)があり、そのために架けられた橋だ。石造りのアーチ橋が大きな眼鏡のように見えることから、通称「めがね橋」と呼ばれている。ツタに覆われためがね橋と桜が、よくマッチしている。

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 こちらは樹齢約500年、根元の周り8メートル、高さ約25メートルという吾川のひょうたん桜(吾川村)。こちらもちょうど見頃で見応えがあったが、その分、車と観光客が多すぎて、ちょっと興ざめだった。

 山の中にたたずむ、めがね橋わきの桜の方が、僕には好みだった。
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2005年04月10日

日本代表監督に誘い時のアーセン・ベンゲル

 サッカー日本代表のイラン戦、バーレーン戦を終えて、ますますジーコの監督としての資質に、疑問を感じるようになっている。今や代表で見るべきものは、選手の自主性と「運」だけではないか。

 そんなことを感じている時、こんなニュースが飛び込んできた。

世界的名将・ベンゲル氏が日本に?次期代表監督に意欲
 【ロンドン7日=国際電話】日本代表の次期監督に、プレミアリーグ・アーセナルのアーセン・ベンゲル監督(55)が意欲を示していることが7日、明らかになった。

 7日に放送された英国営BBCのインタビューで、07年でのアーセナルとの契約が満了した後の自身の去就について「日本に行くことも考えている」と話した。ベンゲル氏と日本のつながりは深く、94年からJ1名古屋を指揮。日本代表では、岡田武史監督退任後の98年に日本協会がベンゲル氏に白羽の矢を立てたが断られ、ベンゲル氏が推薦するフィリップ・トルシエ氏と契約したといういきさつもある。

 ジーコ監督は06年ドイツW杯までで退任する意向を示している。アーセナルを3度リーグ優勝に導くなど世界的名将として知られるベンゲル氏の立候補となれば、日本にとって積年のラブコールが実る可能性は大だ。

■アーセン・ベンゲル
 1949年10月22日、フランス生まれ、55歳。選手としては無名も、85年から監督業を開始。フランスリーグ・ナンシー、モナコなどで頭角をあらわし、94年にJ1名古屋の監督に就任。96年天皇杯優勝など好成績を残し、96年にアーセナルの監督に。リーグ3度、FA杯3度優勝を果たした。

(サンケイスポーツ 2005/04/08)

 見出しを見た時は、ベンゲルが今すぐにでも日本に来てもいいと考えているのかと思ったが、そうではなく、07年での契約満了後の去就についてだった。

 だがベンゲルのこの発言を、文字通りに受け取っていいのだろうか?

 ご存じの通り、ベンゲル率いるアーセナルはチャンピオンズリーグ決勝トーナメント1回戦でバイエルン・ミュンヘンに負け、今年も欧州の舞台では強さを発揮できなかった。2年連続優勝したプレミアでも、今季はチェルシーに大きく水をあけられ、優勝は絶望的だ。

 プレミアのゲームをほとんど見ていないので断言はできないが、チャンピオンズリーグのゲームを見る限り、試合内容もよくなかった。アンリ、ピレス、レジェス、ベルカンプといった魅力的なメンバーをそろえながら、個々の選手の動きが連動していない。明らかに数年前より、サッカーの質は低下しているように思えた。

 実績のある監督が率い、メンバーも一流(DFにカネをもっとかけるべきという指摘はあるだろうが)、しかも監督や中心メンバーはここ何年も変わっていない。それにもかかわらず結果がついてこない。こんな時は監督か中心選手の換え時というのが、サッカー界の常識だ。

 プレミアではモウリーニョをポルトから引っ張ってきたチェルシーが大成功したこともあり、アーセナルのフロントが、ベンゲルの後任を探し始めたとしてもおかしくない。

 一方ベンゲルにしても、手塩をかけてきたチームが、どうあがいても結果が伴わないようになれば、あるいはフロントによる後任者探しを察するようなことがあれば、新しい職探しを始めることは十分にあり得る。見方によっては、ベンゲルのこの発言は「日本代表の監督に、今すぐにでも誘ってくれ」というサインのようにも見える。

 実際に今アーセナルに何が起こっているのかはわかりようがないが、そういうタイミングでのベンゲルでの発言だということを、考えるべきだ。しかも場所はBBCのインタビューとのことだから、全く根も葉もない話ということはないだろう。

 日本サッカー協会は代表の監督として、98年にベンゲルに白羽の矢を立てて断られたが、あの時はベンゲルの株が今よりも高く、かつ上昇カーブを描いている最中だった。今はその逆で株価は低迷、しかもこのままでは上昇は期待できずといった局面にある。

 ということで、代表の監督としてこれほど誘い時の時はないだろうと思う。ドイツワールドカップ後ではなく、ドイツワールドカップ本戦、場合によっては予選の途中からということも見据えて、監督ベンゲルを検討すべきだ。少なくとも協会は、ベンゲルやアーセナルのフロントに今すぐにでも接触すべきだろう。

 今年のアーセナルはかつてのような美しいサッカーを展開できなくなったとはいっても、監督としての実力は一級品だ。環境を変えれば、その神通力がよみがえる可能性はかなり大きい。

 ベンゲルが監督時代のグランパスのサッカーの美しさ(ストイコビッチなどの個人の能力と戦術とが融合した美しさ)を忘れられない自分は、どう考えても、ベンゲルの方がジーコより監督としての能力は優れていると思う。

 良いサッカーではないが、結果はそこそこ残す日本代表には飽きてきた。選手の個々の能力は間違いなくアップしているのだから、その選手たちを基に、高度な戦術を駆使して、組織力の伴ったサッカーをする日本代表を見てみたい。
posted by KH at 17:32| Comment(0) | TrackBack(1) | サッカー・スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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